◎ はじめに
キリギリスは古くからその鳴き声が楽しまれてきた直翅目昆虫ですが、スズムシのように累代飼育が楽
しまれてきたわけではありません。現在でも、流通しているのは野外で捕獲された個体です。これは、
キリギリスが大量飼育に適さず、また、個別であっても累代が難しいことを理由していると思われます。
しかし、キリギリスの仲間にも比較的容易に、飼育-累代が楽しめるものがいます。
◎ キリギリスのタイプと飼育法
キリギリスの仲間の飼育はコオロギ、バッタと比較して難しいものが多いです。特に、キリギリス、
ヤブキリ、ヒメギスなどの累代飼育は大変で、この仲間に関する研究例も多くありません。後で説明
しますが、この仲間の捕食性の強さ、卵の温度要求性の複雑さが累代飼育を難しいものにしています
(ここでは真のキリギリスの仲間と呼ぶことにします)。一方、イネ科植物の穂を好むササキリの仲間、クサキリの仲間は飼育-累代は真のキリギリスの仲間
ほど難しくありません。種によっては共食いの傾向が強いですが、温度要求性は複雑なものではあり
ません。この仲間には日本のキリギリスには珍しく、成虫で越冬するものが含まれます(穂を好むキ
リギリスの仲間と呼ぶことにします)。キリギリスの仲間には他にササキリモドキ、ツユムシなどがいますが、飼育に関してわかっていない
ことが多いので、もう少し経験と知識を得てから紹介させて頂きます。以下にそれぞれのカテゴリーに該当する種を挙げておきます。
- 真のキリギリスの仲間
- 穂を好むキリギリスの仲間
- クサキリ、ヒメクサキリ、クビキリギス、オガサワラクビキリギス、シブキリ(シブイロカヤ
キリモドキ)、ウスイロササキリ、コバネササキリ、ホシササキリ、オナガササキリ、キタサ
サキリ等
◎ 真のキリギリスの仲間の飼育法
このグループは一般に生息環境の慢性的な蒸れを嫌います。ですが、一部で紹介されているよう
に、全面がメッシュになったカゴでないと飼育できないわけではありません。また、冷涼な環境
に生息するものでも発育に高温を必要とします。
- ■飼育容器
■採卵
◎ 穂を好むキリギリスの仲間の飼育法
このグループはキリギリスの中では比較的飼育が容易な種を多く含みます。
- ■飼育容器
- プラスチック製の飼育容器(ホームセンター等で扱っているもの)が軽く、値段も手ご
- ろで蓋がついているために便利です。平面的というよりは立体的に活動することの多く
、野外でも植物体上にいることの多いこのタイプのキリギリスの飼育には上記のケース
を立てて使用すると良いでしょう。餌のセクションで述べる、イネ科植物を入れるため
にも高さは必要です。飼育容器は日当たりの良い場所に置きます。■床材
- このタイプのキリギリスの全てが、元気なうちは、垂直なプラスチックの壁を登ること
ができます。床面に特別な配慮をする必要はありません。乾いた砂、古新聞などをメン
テナンスを容易にするために敷くと良いでしょう。■餌
- <亜終齢,終齢幼虫-成虫>
- このタイプのキリギリスはイネ科植物の穂を好んで食べます。クサキリ、クビキリギス
のような大型のものはイヌムギやカゼクサ、エノコログサのような大型の穂を好み、
ササキリの仲間はスズメノカタビラのような小型の穂を好みますので、これらの穂を水
を入れた瓶にさして与えます。採卵を容易にするために適当な量の穂を瓶の口の部分で
脱脂綿や、プラスチック製の梱包材(ぷちぷち潰すあれです)を用いて巻くと良いでし
ょう。乾燥ドッグフード(食べやすいように軽く砕くと良いでしょう)も食べますので、
与えます。ウスイロササキリでは卵巣の成熟に動物質の飼料が必要であるとする報告が
あります。- <若齢幼虫>
- 孵化幼虫は体が非常に柔らかいので、扱う際、指で摘まむのは危険です。飼育容器に移
す際は、フィルムケース等を用いると良いでしょう。1齢〜3齢のうちは、スズメノカ
タビラをアイスカップに土ごと移植したものを与えます。- ■水
- フィルムケース(良く洗ってください)などの管の中に水を入れ、脱脂綿で栓をした給
水管を飼育容器の床に爪楊枝と輪ゴムを用いるなどして固定して横たえておけば、キリ
ギリスは湿った綿から水分をとることができます。■採卵
- このタイプのキリギリスは野外ではイネ科植物の根際や、茎と葉の間に産卵管を差し込
み、産卵しています。飼育条件下では餌として与えたイネ科植物の茎と葉の間や、吸水
管の綿栓の中に産卵します。卵はそれらの産卵基質から取り出し、湿った脱脂綿かちり
紙を底に敷いた密閉できる容器(蓋付きの瓶など)に保存すると良いでしょう。
その際、ちり紙にカビが生えることがありますが、神経質にならなくても大丈夫です。
カビが少しくらいついても卵は死にません。ただ、死んで変色した卵や不受精卵にはカ
ビがすぐ生えるので、取り除きます。
◎ 生活史と年間の管理
キリギリス科昆虫の研究はHartley(1971)が卵を傷つけることなく胚発育を観察する方法
(有機溶媒に漬けて、透過光で観察)を発見し、続いてWarne(1972)がこの方法を用いて、
ヨーロッパ産キリギリス科昆虫56種の胚発育を調べ、胚形態発育のステージ分類を行なった
ことを契機として大きく進展しました。それまで困難とされていたキリギリス科昆虫の累代
飼育はその後、卵に様々な温度条件を与え、胚発育を促し、孵化させる方法の開発(Hartley
and Warne,1972; Hartley and Dean,1974)によって可能となりました。ここでは、キリギリスの仲間の生活史を俯瞰して、飼育にどのように反映させていくか考え
てみます。
- ◆生活史調節と休眠
- 多くの図鑑では、キリギリスの生活史を年1化として紹介しています。
「昆虫と自然」30(11),1995 キリギスの生活環と卵休眠(安藤喜一)
をもとに書きます。- 上記の文章によるとキリギリスは2つの卵休眠ステージを持ちます。つまり、キリギリ
ス(ハネナガ、オキナワも同様。以下、特に区別しません)の場合、幼虫の基になる胚
が孵化までの発育の途中(2つの特定の段階:一つは産卵後しばらくして到達する早い
ステージ、もう一つは幼虫の体がほぼ完成した遅いステージ)で止まることがあるとい
うことです。「ことがある」と書いたのは2つある休眠ステージのうち、早い方では休
眠しないことがあるためです。上記の休眠ステージ間に高温で止まる夏眠のステージが
ありますが、後で簡単に触れるにとどめます。2つの休眠ステージのためにキリギリス
の孵化時期は産卵の翌年〜最大4年後までばらつくと考えられています(生息地の温度
をシミュレーションした結果得られたデータ)。2つの休眠ステージで4年の卵期を持
つのは、早い方の休眠ステージで3回冬越しするためです。4年後に孵化する卵(4年
卵)はその後遅い方の休眠ステージにまで3年目の夏に発育して、もう一度冬越してか
ら孵化します(4年卵は札幌のものではみられませんが、釧路のものではみられます。
くどいようですが温度シミュレーションの結果です)。
札幌のものでは1年卵(早い方の休眠ステージで止まらず、遅い方のステージだけで休
眠する。翌年孵化する)。は産卵された卵の1.8%でしかありません。2年卵(2つの
ステージで1回ずつ休眠)は70.2%、3年卵(早い方のステージで2回、遅い方で1回
休眠)は28.0%となっています。参考までに岡山のキリギリスは74.7%が1年卵、25.3
%が2年卵です。沖縄のオキナワキリギリスは4.6%の2年卵を除けば1年卵です。
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