◎ はじめに
直翅目昆虫は分類学的に、キリギリス亜目(Ensifera)とバッタ亜目(Caelifera)に分けられます。
Ensiferaは「刀をもっている」Caeliferaは「天を支えている」という意味があるそうです。
バッタ仲間の一部の種は、直翅目昆虫の他のグループとは比較にならない規模の経済的被害を人間
の経済活動に与えます。サバクトビバッタの大発生は、いまなおアフリカの農業に深刻な打撃を与
えています。日本でもトノサマバッタの大発生による被害が過去には北海道でみられました。バッタ
が大発生している情景はまさに「天を支えている」という形容に相応しい迫力があります。このよう
な経済的重要性からバッタの仲間は、直翅目昆虫の中で、最も応用昆虫学的側面からの研究の進んだ
グループとなっています。
大部分のバッタは人間の活動になんら影響を及ぼさない昆虫です。バッタの鳴き声を楽しむ習慣は日
本にもなかったようですが、ヒロバネヒナバッタなどは相当複雑な鳴き方をします。また、トノサマ
バッタ等を飼うと見ていて気持ちの良いくらい大量の葉を食べ、立派に育ちます。このような、良く
食べ、良く育つ楽しみがバッタにはあるように思います。バッタの飼育は難しいとされることがあり
ます。一部の種の飼育には確かに困難が伴いますが、多くは問題なく飼育可能です。
◎ バッタのタイプと飼育法
ここではバッタの食性に関して大きく2つのグループに分けられます。一つはイネ科植物を好んで
食べるもの、もう一つはそれ以外のものです。それぞれのグループには飼育が難しいものと易しい
ものが含まれます。また、従来考えられていたのとは異なり、バッタの仲間に広く動物食性が見ら
れることが明らかになってきました。飼育条件下での共食いのみならず、野外採集個体の消化管か
ら動物質のものが見いだされたり、自然を模した飼育環境下でイリオモテモリバッタが蝶の卵を食
べた観察例が報告されていたりします。以下それぞれのカテゴリーに該当する種を挙げておきます。餌植物によるカテゴリー分けは、飼育
法にそのまま当てはめることができません。ですから、飼育法は概論として一括に取り扱います。
- イネ科植物を食草とする種
イネ科以外の植物を食草とする種
フキバッタの仲間、ツチイナゴ、タイワンツチイナゴ、オンブバッタ
◎ バッタの仲間の飼育法
バッタの生息環境は特に湿度面で多岐にわたるので、生息環境を参考にそれぞれに工夫する必要
があります。ここではバッタ飼育の概論を記述します。
- ■飼育容器
- プラスチック製の飼育容器(ホームセンター等で扱っているもの)が軽く、値段も手ごろ
で蓋がついているために便利です。バッタの跳躍力は凄まじく、管理のためにケースの蓋
を開ける時にはひやひやします。小さな窓から手を入れて管理できるタイプが良いでしょ
う。地表性のものと、主に植物体上にいるものがいますが、餌植物を入れる観点からそこ
そこ高さのあるものが良いです。床面積は広くて悪いことはありませんが、彼らの跳躍力
に充足するケースを用意することは難しいでしょう。野外では素早く飛び立つトノサマバ
ッタの成虫も、ケースに入れると人影をみただけで逃げようとすることはなくなります。
- ■床材と隠れ家
- バッタの飼育でも飼育容器に土を入れる必要性はありません。大量の他の直翅目昆虫の
グループと比較して量の多い糞を取り除く必要性から、むしろ土は入れないほうが良い
でしょう。隠れ家は特に必要ありません。植物体上に生息するものでは、餌植物をでき
るだけ多く入れてあげましょう。
- ■餌
- 野外での食草の範囲は広いですが、できるだけ葉の柔らかそうなものを刈って、水の入
った瓶等に挿して与えると良いでしょう。イネ科を食べる種ではオーチャードグラ
スやイヌムギは良い餌になります。イネ科植物は概して葉が硬いので、小型の種や幼
虫にはスズメノカタビラをアイスカップ等に根ごと移植し与えます。また、フキバッ
タ、オンブバッタはオオバコ、ヘラオオバコ、ヨモギ、シュンギクで幼虫から成虫ま
で飼育することが可能です。くれぐれも農薬のかかっていない場所の草を使用して下
さい。街路樹の近く、水田や畑の周囲では注意が必要です。
- ■水
- 水分は餌から摂取しますが、時々散水すると滴に口をつけることもあります。
- ■採卵
- バッタの仲間は卵塊の周りに泡状の物質をつけて、卵塊を形成します。野外では土中
に産卵するものが多いですが、飼育条件下ではメンテナンスの容易さから川砂をアイ
スカップやタッパー等の容器に入れて、湿らせたものをお勧めします。トノサマバッ
タ等大型の種では、腹部が伸び切らない産卵床では産卵しないので、深さを十分にと
るか、底面積を大きくとります。砂が浅くても、腹部が伸び切る広さがあれば産卵し
ます。砂は乾きやすいので、こまめに散水して湿度を保ちます。砂の湿度が不適当だ
と産卵しなかったり、草の上やケースの底など、おかしな場所に産卵することがあり
ます。
◎ 生活史と年間の管理
九州以北ではツチイナゴ(成虫休眠)を除くすべてのバッタ上科昆虫が卵で越冬します。採卵
した卵塊は砂に埋め直して湿度を保つか、密閉できる瓶に湿ったちり紙を敷いてその上に卵鞘
を置き、瓶を密閉して湿度を保ちます。九州以北に生息する多くの種は1年に1回出現し(ト
ノサマバッタやヒナバッタは暖かい地域で2回以上出現します)、卵で休眠して越冬します
(休眠についてはコオロギのページを参照してください)。卵の休眠を覚ますにはやはり、低温
処理が必要です。産卵後1ヶ月程度たった卵を冷蔵庫に入れて2-3ヶ月冷やした後に暖めると
揃って孵化します。しかし、冬の途中で孵化しても餌の供給が大変でしょうから、やはり外の
日の当たらない場所に冬の間置くとか(直射光があたるような暖かい場所では瓶の中の温度は
とても高くなり、草が生える前に孵化してしまうかもしれません)、草が使えるようになるま
で冷蔵庫の中にしまっておくとかしたほうがよいでしょう。保管中卵鞘の表面にカビが生える
ことがありますが、神経質になる必要はありません。年に2回出現する種の中でトノサマバッ
タについては、生活史調節の機構がわかっています。それは、コオロギのページに書いたマダ
ラスズと同様、日の長さが重要な信号になっています。
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